雲ひとつない初夏の青空の日に、時々訪れるお気に入りの、森の中の温泉へ行きました。
この温泉には、一人で入れる露天の壺湯があります。
壺湯のすぐ脇は山肌なので、森の木陰にこっそり自分のお風呂をつくったみたいな壺湯です。
そんな壺湯に身をゆだねて、今にも土の香りがしそうなしっとりとした山肌を眺めていたら、子どもの頃の“小さな秘密基地”を思い出しました。
雑木林の小枝と大きな葉っぱで囲ってつくった、自分だけの秘密の場所のことを。
土や木の皮の香りに包まれた、その自分だけの場所に座っていると、ある日は一人暮らしの大人、またある日は自由な野うさぎになったような気分になれる。
木陰が少し暗くなる頃、ひと仕事してきたような気分で、家に帰りました。
壺湯から見上げた高い木の葉の隙間から、細かなキラキラの光が差し込んできました。
休日だから温泉にはたくさんの人がいるけれど、山と私が風で繋がっているから、風が揺らす木の葉のざわめきと、流れ落ちる湯の音だけの世界でいられるのです。
温泉から出ると、まだ明るい夕方の青い空に小さな白いうろこ雲がびっしりと敷き詰められていました。
もうすぐ梅雨だと言うのに、この日は秋のように空が高く澄んでいたのです。
西からの光が細かな鱗で少しゆがんで、空が水面のように見えました。
あの水面の向こう側から、誰かが覗いているのかもしれません。
森の温泉にて。
五月のうろこ雲。